「30歳までに経営幹部になれるキャリアの作り方」バックナンバー

RT^goҍ̗pgbvRT^g{R[X
30歳までに経営幹部になれるキャリアの作り方

第2部第5回:ケーススタディ5=外資IT系企業マネジメント職E氏

実録!経営幹部行きキャリア 成功と失敗のケーススタディ

ここまで、「第2部実録!経営幹部行きキャリア 成功と失敗のケーススタディ」ということで、私が今まで会ってきたさまざまな人々の事例を参考に、そのキャリアにおける成功と失敗の理由について考察してきている。
なお、各人のプライバシーを守るため、これらキャリア事例は似たキャリアを持つ複数人のものをベースに典型的なケースモデルに再編集しているのであしからずご理解いただきたい。

いままでのところは、コンサルタント出身者でビジネスを成功に導いたA氏とビジネスの先が見えなくなったB氏、国内のIT系企業で副社長としてばりばり変革経験を積んでいるC氏、先のキャリアが見えなくなったコンサルパートナーのD氏を紹介した。今回は外資IT系マネジメント職のE氏を紹介する。

1)E氏の経歴

22歳〜 外資IT系の企業に新卒で入社
 九州にある国立大学の経済学部を卒業し、E氏は超大手の外資IT系企業に入社した。もともと負けず嫌いかつ自慢好きな性質で「おれは大学を主席で卒業した」とか「おれは学生時代、今有名人のXXと付き合っていた」とか、何かと過去の自慢話を出したがる性質のようであった。この企業を志望したのも他人に自慢できるブランドのある大手外資系であったからではないかと言われている。
 新入社員研修が終わり、公共系の営業として配属され、そのころはこつこつと営業の経験を積み上げていった。E氏はもともと器用で口がうまいところもあり、また顧客や上司に対しては調子のよく振舞う性質で、よく上司にくっついては飲みに行ったり、ゴルフに一緒に行ったりして顧客との関係を譲ってもらったり、顧客の情報を入手したりしていたようである。そのため、この会社において、上司にはある程度かわいがられることになり、また、成績を譲ってもらったりなどのことで、E氏の同期の中ではたまに売上ナンバー1になったりしながらも、比較的成績のいい営業に徐々に育っていった。しかしながら、ついついE氏の癖である、〜「XX課長は俺が懇意にしていたのでよろしく言っておいて!」とか言っていたのに、そのXX課長からは「E氏のことは覚えていない」などといわれたり〜 などの根拠の乏しい自慢エピソードが、たまに発生し、同僚や部下からは失笑を買ったりはしていた様である。

35歳〜 外資IT系会社の部長に昇進
上司に当たる先輩達が次々と異動になり、E氏は運よく異例のスピードで部長に昇進することになった。結果、30人の営業を束ねるリーダーとして部長に昇進。産業知識も身につき、それなりの顧客関係ももつE氏は、この会社の革新的な新製品の助けもあり、社内一成長する部のリーダーとして、社内表彰などを受ける花形的存在として、社内に認められることになる。しかしながら、相変わらず、上司に取り入ったり部下に過去の自慢話を延々とする性質は直らず、部下や同僚からは疎んじられる存在となっていた。
 程なく、また、人事異動で調子のよい態度を好まない職人肌の事業部長の部下になることになる。居心地が悪くなってきたのと、革新的新製品の販売が一段落して、成績が思い通り上がらなくなってきたことが原因となり、次のキャリアを目指して、外資系大手コンサルティング会社にコンサルタントの営業ディレクターとして転職することとなった。

40歳〜 外資系コンサルティング会社の営業ディレクター
 E氏は自分の得意だった公共機関向けコンサルティングサービスの営業ディレクターとして仕事を始めることになる。
転職の際の面談時には「公共セクターの産業知識も豊富で前の会社で培った多くの顧客にコンサルティングを売り込みます」といった触れ込みで採用されたことになるし、本人もそれを狙っていたのだが、実際の成果は惨憺たるものとなった。かつての顧客は挨拶で会ってくれることはあっても、ほとんど仕事をくれることは無かった。「機能が確実に出来上がっている製品の営業」ではなく、「顧客ごとの経営課題に個別に対応しなければいけない、ソリューションの営業」である。E氏はいままで「顧客ごとの経営課題」など深く考えたことも無いのである。つらくなったり、影が薄くなると、不安になるのか、どうしても連発してしまうのが「おれはかつてXXだった」のような根拠の無い自慢話である。提案しなければいけない、自分の部下の営業担当たちはもとより、売るべき「コンサルタントのチーム」からも煙たがられる存在になってしまった。頭もいいし、鋭いところに目をつけて顧客に切り込む発言ができても、売るべきものを深く理解できない、部下もコンサルタントもうまくコントロールできない状態になり、次第に居心地が悪くなってきた。
この段階で「ブランドにより嵩上げされてきていた、自分の足りない実力」であり「状況を深く把握して、新しい環境に感謝し、謙虚な気持ちで適応すること」に気づき、深く認識すべきだったのだが、そこは得意の論理すり替えで、「コンサルなんてものはあまり世の中のためになっていない」などと、また根拠の乏しい発言を撒き散らしながら、コンサルティング会社の営業ディレクター職を去ることになる。

43歳〜 外資IT系会社の部長から再スタート
 むかしゴマをすった上司が、営業系の取締役に就任したとの噂を聞きつけ、また、もといた公共系部長のポジションも空いたこともあって、元の外資IT系会社に戻ることになる。やはり、自分の得意だった製品を販売するのが一番である。かつてのライバルはこの3年で事業部長に昇進していたが、「あいつは昔、俺が助けてやった」とか「あいつの客は俺が紹介した」などといいながら、周りから相変わらず微妙に浮いた関係で仕事を続けている。
 最近は、E氏がコンサルティング会社で少し培った歯切れのいいロジカルな顧客対応を尊敬しながら、根拠の薄い自慢話を聞き流すことのできる、何人かの部下も下についてきたとの噂もあるようだ。
 今後、E氏が今後どのようなキャリアを目指していきたいのか不明ではあるが、何人かの優秀なライバルが、多くの部下と顧客を着々とつかんで業績をあげている今、また、英語があまり得意で無い彼がこの会社の中で、トップキャリアを目指すのは、困難を極めることは間違いない。またこの会社自体も昨今の不景気の流れで、規模縮小を検討していると聞く。また他社に動こうにも、会社のブランドと、売れる商品、さらに過去ゴマすりした上司に守られていないと力が出せないE氏にとって、いいポストを他社に求めることはもはやほとんど無理に違いない。

2)彼のキャリアから学ぶべきもの

2)A)自分の素の能力を謙虚に正しく把握しないと無駄なキャリアを消費することになる。
 E氏の場合、ちょっとしたきっかけで、毎回、自分を過大評価してしまい、自慢してしまう癖があるのだが、さらに、この自慢が彼の中で「本当のこと」として勘違いされて認識されてしまっているようである。
 E氏のキャリアアップの源泉は若いうちのコツコツと積んだ営業経験。「口のうまさ」と「ヨイショ」、「要領のよさ」などのコミュニケーションテクニック。あとは運良く「革新的新製品」が「ブランドと製品の機能のおかげ」で成績が上がったからである。
 これらの点をもし、E氏が謙虚に受け止めていたら、?コンサルティング会社の営業になど転職せず、ブランドある新製品が次々と開発されるこの会社の中で、ゴマをすっていれば助けてくれる上司を探す人生を選ぶか、または、?形だけでなく、「本当の顧客の課題を理解し、本当に顧客のためになることを徹底的に実施すること」で、真の固定客を開拓するよう努力する。どちらかを選ぶのではなく、せっかくであるから、両方を選択することがよりよいのではないか。
?の「本当の顧客の課題を理解し、本当に顧客のためになることを徹底的に実施すること」がもし出来ていれば、E氏を指名する本物の固定客がつき、またどこいっても固定客をつかむ能力がつき、どこに行っても恥ずかしく無いパフォーマンスを出すことができたはずである。

B)例え同じ営業といっても売るものが少しでも変わると、パフォーマンスが大きく下がることがある
 決まっている製品やソリューションをベースに、お客様に勧める営業と、お客様の課題とニーズを、お客様の立場でよく理解して、課題解決を実践するコンサルタントの営業は似て全く非なるものである。
決まっている製品やソリューションを提案し、導入いただく営業に、固定客をつけるためには、運用、保守を含めた長期的な関係を構築する必要がある。
また、コンサルタントの営業として固定客をつかむためには、自社が扱うコンサルティングメニューに限定せず、他社も扱っているコンサルティングメニューを組み合わせて、幅広い顧客課題に対し、対応できる能力をつける必要がある。またコンサルタント以上に市場・経営・管理に関する状況と課題の幅広い洞察と理解力を必要とすることになる。多くのコンサルティングファームの営業を経験豊かな、パートナーやディレクター自身がやっているのは、確かに、理にかなっているのである。
表面的なコミュニケーションテクニックで生き残ってきたE氏にとって、コンサルタントの営業職はやや荷が重すぎたようである。

今回の失敗事例を簡単にまとめると、この図のようになる。


 「第2部 実録!経営幹部行きキャリア 成功と失敗のケーススタディ」ということで、私が今まで会ってきたさまざまな人々の事例を参考にさまざまなキャリアを紹介してきた。
次回はいよいよ、ここまで説明してきた、成功・失敗のケーススタディをまとめ、プロフェッショナルを起点にしてより有意義なキャリアを積むためのノウハウを事例から整理していきたい。

*注:なお、各人のプライバシーを守るため、これらキャリア事例は似たキャリアを持つ複数人のものをベースに典型的なケースモデルに再編集しているのであしからずご理解いただきたい。

ミニテスト2−5

第一問:E氏が異例の昇進を遂げた理由はなぜか?
第二問:E氏がコンサルティング営業としてうまく行かなかった理由は何か?。
第三問:E氏がコンサルティング営業としてキャリアアップするために必要であった、転職前にしておかなければいけなかった経験とは何か?

前回(連載第2部第4回のミニテストと模範解答)
第一問:D氏が成功した理由はなぜか?
A1:
旬のあるニッチな技術(ERP)をいち早く与えられ、波に乗れたから。

第二問:D氏が伸び悩んだ理由は何か?
A2:
顧客と案件を与えられ、マーケティング・サービス開発・新規開拓営業の経験がほとんど無いまま、組織マネジメントになってしまった。
与えられたニッチな技術のマネジメントから脱却できないからブレークスルーできない。
市場価値以上の報酬もらっていて、危機感を感じにくい。

第三問:D氏がこの状態から切り抜けて一旗あげるにはどのような経験が必要か?
A3:
より汎用な周辺技術への転換など何らかのブレークスルーを自分自身で創造することが必要と思われる。たとえば、トラブルが起きないプロジェクトマネジメントの視点で新たなソリューションでも開発するとか、それまでのERPの使い方を超える新しいソリューションを創造するなどいろいろありうるのではないか?(私の勝手な仮説だが)
または、知恵もあり能力の高いD氏がもし、まだ「一旗あげたい」と思っていて、また、やり切れる自信があるのであれば、多少給料下げてでも、新しい環境に身をおいて新しい事業立ち上げにチャレンジしてみるのも一つの方策かもしれない。

*注:テスト問題の性質上、回答案は著者の視点からの回答案の一つであり、すべての答えを網羅的にカバーしているとは限りません。

松川 孝一
シンクログローバル株式会社 代表取締役社長
株式会社日本ピーエスエス 代表取締役社長
早稲田大学商学研究科、早稲田大学ビジネススクール 客員教授
早稲田大学IT活用新ビジネス研究会 副理事長
学習院マネジメントスクール 講師・顧問

東京工業大学工学部生産機械工学科卒業。
プライスウォーターハウスコンサルタント株式会社入社。PwCコンサルティング株式会社 執行役員 パートナー、アイ・ビー・エム ビジネスコンサルティングサービス株式会社 執行役員 パートナー 公益事業部長、株式会社大洋システムテクノロジー取締役を経て現職。
また現職のかたわら、早稲田大学ビジネススクール客員教授としてIT戦略マネジメントの授業、学習院マネジメントスクール顧問・講師としてABC/ABM、プロジェクトマネジメントの授業を受け持つ。

主著に「図解ABC/ABM(第二版)」東洋経済新報社、共著に「MOT」入門日本能率協会マネジメントセンターなどがある。
ここまでの約10年間の間、計500人以上の様々な会社におけるのプロフェッショナル職のキャリア相談を受けている。
現在、従来からのコストダウン、シェアアップのコンサルティングに加え、新しい事業コンセプト・事業モデルの開発にチャレンジ中。

http://www.syncgl.com/【シンクログローバル株式会社】
http://www.winb.org【早稲田大学IT活用新ビジネス研究会】

2009-01-12 12:00:00
コンサルタントナビに掲載されている画像・文章・データの無断転載を禁じます。
すべての著作権は株式会社ティンバーラインパートナーズ(コンサルタントナビ運営)に帰属します。
Copyright(C) 2004-2008 Timberline Partners, Inc. All Rights Reserved.
なかのひと